2020年1月12日日曜日

オールディーズは1発屋が多い?

お気に入りの聴きたい曲を求めてCDショップへ。ラジ男はよくタワーレコードに足しげく通ったもんです。
そこにはオールディーズのコーナーがあり、安価な輸入盤がわんさかあって買ってくれるのを待っているかの様。お目当ての曲が入ったCDやらシリーズものやら、アナログに無い復刻版もありがたい。
 さてお目当ての曲が入ったベスト盤を手に入れ聴いてみると、20曲近い収録があるのに結局聴きたいのは1つあるいは2つ程度なのが現実だった。今は溜まったCDから美味しいとこ取りしてipodで聴くのが今風で、1曲からのネット配信で経済的でもある。ここまでは付いて来れた団塊世代なのだ。

 今回はブライアン・ハイランドから始めよう。と来れば「ビキニスタイルのお嬢さん」かと思えばそうではない。もう少し隠れたご機嫌な名曲があるから聴いてみよう。

黒人の声はシブくて耳に優しい

中学生の頃だったか、白人のスキッとした声と違い、黒人の声ってハスキーだったが、何故か親しみを感じた。白人の声が日当たりの良い明るい声とすれば、黒人のそれは暗く悲痛で夕方から夜に合っている。
その中でレイ・チャールズは最初に出会ったインパクトの強いシンガー。最初に聴いたのが「旅立てジャック」。 ベスト盤LPを買って、ますますレイ節にはまり込んでしまった。特に「ホァッド・アイ・セイ」。こんな長い曲もヒットするのかとちょっと驚いたが、ノリがよく今でも身体が自然と動いてしまう。(まだまだ若いラジ男でした!)
 映画「ブルース・ブラザース」にも出ていて、皆を曲に乗せてしまうがあれは天性だろう、判る気がする。
余談だが映画「マトリックス」に出ていた俳優フィッシュバーンに顔がそっくり(?)


 もう一人お気に入り黒人歌手はサム・クック。確か今年亡くなったDJ八木誠さんが大ファンだった。
最初に聴いて好きになった曲が「キューピットよ、あの子をねらえ」。1964年モーテルで女性に射殺される
ニュースを、当時の中日新聞夕刊の三面記事で読んでショックだったことを思い出す。

2020年1月7日火曜日

低音の魅力?

白黒テレビで来日したプラターズを観ていた時だが、「You'll Never Never Know」で
バス担当のハーブ・リードの豊かな低音に魅せられてしまいました。
低音だから身体が大きい人かなと思ったら、小柄の細おもてだったのにはちょっと驚いた。
ダークダックスのぞうさんのイメージがあったからか。
「16トン」では更に音程を下げていくパフォーマンスを演じてくれたと記憶する。
この曲はオリジナルで紹介。ほかに重低音の魅力をあとふたつ。



Ringo - Lorne Green」 ・・・ TV西部劇「ボナンザ」に出演。

「フォー・シーズンズ」・・・ビバルディではないぞ。

60年代軽快なドラミングで始まる「シェーェリー・シェリベイビ・・・」とファルセットボイスで歌うグループ。それが「フォー・シーズンズ」。中でも「シェリー」は大ヒットし、日本でも確か九重祐三子が歌っていた。
リードボーカルのフランキー・バリのファルセットボイス(俗にうら声)はこれまで聴いたことがなかった声だった。あとで写真を見たら皺深いオジサン風だったので、イメージが違いちょっとガッカリしたもんだ。
その後、「ビッグガールズ・ドント・クライ」「ウオーク・ライカ・マン」など数々のヒットを連発。
しばらく経って、フランキー・バリは映画「グリース」の主題歌で元気いっぱい歌っていた。
この映画、オールディーズ風ポップ満載で、あの「ビーナス」のフランキー・アバロンも出ていたよね。今回はお気に入りの曲と、ついでにアバロンも登場。

Marlena - Four Seasons」 ・・・ ラジ男がもっとも気に入っている曲

2020年1月3日金曜日

お皿何枚?

放送終了となる11時前の10分間、お気に入りの番組がありましたな。
かわいいキュートな声の水垣洋子さんのDJ。
曲の紹介は当時のアナログ盤を「お皿」と言っていたのが印象に残ります。
2曲しか流れませんが、ハイトーンな声で優しく語りかけてくれるオシャレな番組でした。
番組の最初に流れるテーマ曲がまた良かった。だれかこの曲名知りませんか?
さて今回の紹介は、そんな声の可愛い女性歌手を集めてみました。

コニースチーブンス・・・TV「ハワイアン・アイ」にも出ていたのは後から知りました。
   「Sixteen Reasons]がよく知られているが、むしろこの曲がお気に入りです。

ブレンダ・リー・・・「Dynamite]でパンチの効いた歌い方は、弘田三枝子とかぶったね。
   でもここでは優しく語り掛けるこの曲をどうぞ。

マーシー・ブレイン・・・馴染みのある曲ですがイントロや歌い方がなんとも言えない。

TVのショーほど・・・

「ペリー・コモ」って歌手知ってますか?
50年代古き良きアメリカと言いますか、主にスタンダードナンバーを
優しくしっとりと歌ってくれました。
日本でもTVで「ペリーコモ・ショー」をやってましたな。
もちろん四隅の丸い白黒テレビで登場していました。
「パパはマンボがお好き」や「アンド・アイ・ラブ・ユ・ソー」など日本でもヒットしました。
その後、「アンディウイリアム・ショー」やら「ミッチミラー・ショー」などと、
洋楽情報乏しい当時としては映像付きで楽しめました。
今はこう言った番組があまり見られないのはどうしてでしょう。
こう言ったしっとり歌ってくれる歌手って、もはやCDでしか聴けません。

Glendora - Perry Como」 ・・・ 最近見つけたちょっと嬉しくも懐かしい曲

Can't get used to losing you - Andy Williams」 ・・・ ビルボード上位となったヒット曲

ボビーと言う名前の歌手

60年代前半か、ボビーの名前が付くシンガーが何人か居たもんです。
ボビー・ビントン、ボビー・ビー、ボビー・ライデル、ボビー・ダーリン等など。
流行なのかどうか、向こうでのアイドル系が多かったようです。
その一人ボビー・ビーは甘く可愛い声で、日本で言えば三田明のイメージ(?)かな。
知ったのは確か「東芝ヒットパレード」。志摩夕起夫さんのDJで、東芝レーベルからの
新譜紹介と今週のベストテンで構成する30分の愛聴番組でした。
この番組に限りませんが、日本の洋楽番組はたいてい本場アメリカより半年・一年遅れで紹介されていた。
当時洋楽熱中時代だったので、FENで既に耳慣れた曲ばかりだと自己満足してましたな。

Take Good Care Of My Baby - Bobby Vee」 ・・・                                           他に「Rubber Ball」などがヒット。

The Night Has A Tousand Eyes」 ・・・ 日本じゃあまりヒットしなかったが好                                  きな曲だね。
 
ボビー・ビントンもそうだったが、ボビー・ライデルも日本では人気イマイチだったような。
そんなボビー・ライデルのご機嫌な曲をふたつも紹介する。

The Cha Cha Cha - Bobby Rydell」 ・・・ 日本では「ボラーレ」のほうが知れ
                                 ているかな。

Dream Lover - Bobby Darin」 ・・・ 今聴いても新鮮だなあ。

ポールと言えば?

真空管ラジオの初期は筐体が木製だったな。
天井に近い棚の上に置いてあって、子供の頃その丸いダイヤルをいじっていた。
そのお陰か50年代後半から洋楽に目覚め始めた。
でその頃のファーストインプレッションがポール・アンカ。
当時16歳だったか、自作の「ダイアナ」のヒット曲を携えてラジ男の前に現れた。
フランク・シナトラの「マイ・ウエイ」、また映画「史上最大の作戦」のテーマ曲も
彼の作曲だったなんてすごい才能だよ。
作曲が出来るシンガーではニール・セダカも忘れてはならない。
二人とも来日している。もちろんテレビで放映し食い入るように見たものさ。
同じ頃、大御所エルビス・プレスリーも毎回ヒットチャートに登場していた。
この三人の曲が必ずラジオから流れていたがあの頃が絶頂期だったような。
さて、そんな三人の思い出の曲を紹介する。

「Love makes the world go round - Paul Anka」 ・・・ 世界中の都市の名前が出てくる、日本は??

「Breakin'Up Is Hard To Do - Neil Sedaka」 ・・・ 中学3年の修学旅行で東京タワーの一階で
                                     ジュークボックスを見つけ、興奮してかけた曲。 
                                     当時は「悲しき慕情」と邦題が付いていた。
 「Pocketful of Rainbows - Elvis Presley」 ・・・ 静かな良い曲だね。YMOがカバーしているよ。

洋楽はシームレスに流して欲しい

 数少ない洋楽番組と言えば、古くはS盤アワー・L盤アワーなどがありましたな。特に帆足まりこさんの声がもYouTubeで聴けてまっこと懐かしいです。(ありがたい世の中になったもんだ) あの頃のDJはトークが簡潔で、曲中心の解説が多かった。今はと言えば、FM局は中波放送並にトークが多く、バラエティ化していて流す曲が少なくつまらなくなりました。世代が違うと言えばそれまでですが。まだNHKの「いとしのオールディーズ」が救いかな。
 60年代あのころ、「キューピー・バックグラウンド・ミュージック」とか「日立ミュージック・イン・ハイフォニック」って洋楽番組がありまして、最初に曲名を言ってその後シームレスに曲を流す形式で、たくさん聴けてゴキゲンだった。まあこれはオールディーズに特化したことなんだが。
 そこで前にも言ったけど、今はネットラジオにはまっています。海外局なので、向こうで選曲したセンスの良い(と思っている)曲がバンバンかかり、冷凍保存状態から記憶が溶け出すようでたまらない。50年代や60年代(始め)の洋楽を流す番組はこれしかない!



AFN(旧FEN)について

FEN(American Forses Network)は俗に進駐軍放送とも呼ばれていました。
当時はPCゲームなどなかったから、学校から帰ると早速真空管ラジオのスイッチを入れたもんです。よく聴いていたのは、夕方4時から5分のニュースの後「ファンダイヤル」とか言ったシームレスで流れてくる洋楽番組。今ではオールディーズの範疇になってしまいましたが、かなり夢中になりました。他には「ザ・トップ・トゥエンティ」・・・ビルボードのチャート紹介。Red Bullet(赤丸急上昇)の発音が耳に残ります。
日本の放送は夜11時頃放送が終ってしまうので、ながら族にはFENしかなく、まあ癒しになっていたんですな。その時間帯はイージーリスニングやジャズもありで、深夜の大人の雰囲気が満喫できました。最近は水曜や日曜の夜に古いのをやってますが、もはやオールディーズも80年代となりました。
さて今回紹介の曲はそんな時代によく流れていたインストナンバー。


 

JFKの思い出、それは・・・

60年代始めの頃ラジオと言えば中波(AM)と短波(SM)しか付いていなかったね。 深夜になると電波状態が良くなるのか、海外向けの韓国、ロシア語など様々な局が聞こえてくる。もちろん極東放送なるFENもその一つで、その中でもビルボードのチャート紹介番組はお気に入りだった。ある日いつ...