60年代始めの頃ラジオと言えば中波(AM)と短波(SM)しか付いていなかったね。深夜になると電波状態が良くなるのか、海外向けの韓国、ロシア語など様々な局が聞こえてくる。もちろん極東放送なるFENもその一つで、その中でもビルボードのチャート紹介番組はお気に入りだった。ある日いつものようにチューニングすると、何とクラッシック音楽番組に変わっていた。ジョン・F・ケネディが暗殺されたその日(1963・11.22)だった。それでしばらくは追悼番組だけとなり、楽しみがなくなった事でがっかりしたものさ。その頃聴いていたお気に入りが次の2曲だ。共にゴキゲンな「一発屋」で、そのあと名前は聞かないなあ。
ラジオとオールディーズ
令和になって再開した「ラジオとオールディーズ」(2011/7-2016/1)です。 しばらくはこれまで紹介した内容ですが、そのうち休止中に溜まった お気に入りの曲を勝手気ままにアップするのでしばしお待ちを! (再生)…曲名の文字をクリックして下さい。 (旧説明) オールディーズを愛する団塊世代です。取り上げる曲はラジオから流れてきた自分だけの思い出深いのばかりです。 当時、数少ない洋楽番組(FENも)にしがみ付く様に聴いていました。ただ半世紀経った記憶をたよりに、思いつくまま曲の紹介なので事実に正確さはないかもです。それでも見てくれたらご意見ご感想をお寄せ下さい。 mail:nnnkk563@yahoo.co.jp これまでのご愛聴有難うございました。 続編は「聴きのがしたオールディーズ」として 再開しています。このブログもよろしくお願いします。 https://iseshi2432.blogspot.com/
2020年3月4日水曜日
2020年2月9日日曜日
ほど良い聴きごこちのR&Bだろう?
今回紹介するのは、R&Bの二人で聴き易い軽快な曲ばかり。もちろんお気に入りナンバー。ジョー・ジョーンズは同時期のジャズ・ドラマーとは別人で、1926年生まれのR&Bシンガー。この曲は1960年のヒット。口は災いのもとだとか。二人目は1935年生まれのジーン・マクダニエルス。前にも「A Hundred Pounds of Clay」と言う曲を紹介したが、今度も似たような明るくポップな曲を二つ。60年代前半のヒット・チューン。
声域が広いのがジーンだね
さてゴールデン・ウイークの真ん中。特に予定もなく、そう言えばしばらくご無沙汰していたブログを更新したくなった。取り上げるはジーン・ピットニー。ポールアンカやニールセダカに次ぐ作曲の出来る歌手、いわゆるソング・ライターの一人。当時声域が4オクターブあるらしく、その声も澄み切ったハイトーン。日本では飯田久彦がカバーした「ルイジアナママ」や映画音楽の「リバティバランスを撃った男」がヒットしたね。それ以外にも数々の佳い曲を作っている。覚えているのは「非情の町(Town Without Pity)」、「I'm Gonna Be Strong」、「Only Love Can Break A Heart」などなど。紹介するお気に入りは次の2曲で、聴くと彼の声域の何と広いことかがわかる。2006年65歳で没。
変な曲も聞いてるうちに・・・
相変わらずのネットラジオ三昧の毎日。アプリ「vTuner」のお気に入りから普段よく聴くチャンネル放送局を上げれば・・・
「AMERICAN GRAFFITI」、 「Radio Bop 60s」、 「Star104 Oldies」、
「The Doo Wap Express」 etc.
取り上げる曲は主に50年代から70年代まで。日本の放送局では考えられないシームレス構成の番組ばかりだ。トークが中心の日本の局も見習って欲しいよね。
ただ同じ内容(曲)を繰り返しているところもあるので、そんな時はお気に入りに登録した他の局に切り替えればよいのである。
さて昔聴いた珍しい曲はもちろんだが、新たに流れてくる古い曲に気に入ったのがあったので紹介する。歌手なのか俳優なのか不明だがコミカルで、何度か聴くうちにお気に入りになってしまった。
カスターとは インディアンと戦ったカスター将軍のことだろう。歌詞の最後の方で「キモサベ」と言う懐かしい言葉が出てきたが、これはTV映画「ローンレンジャー」(1958)に出てくるインディアン・トントが使っていたね。横道にはそれるが、その出だしの映像も。「ハイヨー!シルバー!」
ビートルズがやってきた!
あれは60年代の中頃か。いつものようにラジオのスイッチを入れ、FENの番組(確か「TOP TWENTY」だったか)を聴いていたら、いきなりこれまで聴いたことのないようなアップテンポの曲が流れてきた。突然の地震のようにビルボード・チャートを赤丸急上昇し、とうとうNo.1に登りつめてしまった。それがあのビートルズの「抱きしめたい」。それまではアメリカ的な比較的メローなサウンドが多かったので、これはかなりショッキングな印象だった。その後も彼らの曲が何とチャートの上位を支めてしまい、ここから所謂リバプール・サウンズの攻勢は始まったと記憶する。この頃のブリティッシュ製グループ他には、デーブ・クラーク・ファイブの「グラッド・オール・オーバー」やジェリー&ペースメーカーの「マージー河のフェリーボート」を思い出す。ビートルズのお気に入りの曲では「秘密を知りたいかい」だった。
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真夜中に聴こえてくるのは・・・
60年代初めのラジオ放送。今のような深夜番組など無く、11時か遅くても12時ころには放送が終ってしまう時代。夜も11時台になると大人向けの番組に切り替わる。「ミッド・ナイト・ストリート」もその一つ。勉強しているふりして、TRラジオでこっそりと聴いていたものさ。かかる音楽もジャズ系が多かった。そんな真夜中に聴くのにぴったりの、今も忘れられないネルソン・リドルのこの曲「Play Boy's Theme」。この曲を聴くとアメリカのマンハッタンをイメージする。深と静まりかえったビルの谷間。真夜中の薫りがしてくるね。さてネルソン・リドルと言えば、映画「リオ・ブラボー」の決闘シーンで流れる「皆殺しの歌」とか、TV「ルート66」のテーマ曲など雰囲気つくりなど編曲が実にうまい。フランク・シナトラのバックバンドでもとしても知られている。
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数字に強くなろう?
今年度の予算案もほぼ決まったかと思いや、我が家の郵便ポストに確定申告のはがきが届く。やれやれこれから数字とにらめっこが始まるか。そんな訳で数字にちなんだ曲を紹介しよう。タイトルに数字を使った曲は五万とあるが、数字だけの曲はそんなには無い・・・はずだ。で思いついた曲ふたつがこれ。最初は1966年ヒットのレンバリーの「1,2,3」。そう言えばジャクソン5に「ABC,123」があったが、アルファベットが入っているので惜しくも却下。続いてキースの「98.6」(1967)で、実はこれが一番のお気に入りだ。前々から気になっていたこの数字の意味。この機会にネットで調べたら、どうも人の体温を華氏で表示したもので、これで平熱だって。やれやれ熱くならなくて良かったわい。
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JFKの思い出、それは・・・
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デル・シャノンの「悲しき街角」から始まり、いっとき「悲しき・・・」の名前が付いた曲が一世風靡した。一度ヒットするとそれに続けとばかり邁進するのはいつの時代でも同じ。確か東芝ヒットパレードでさかんに流れていたのは、ジョニー・デァ・フィールドの「悲しき少年兵」。♪ロンリーロンリー...
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FEN(American Forses Network) は俗に進駐軍放送とも呼ばれていました。 当時はPCゲームなどなかったから、学校から帰ると早速真空管ラジオのスイッチを入れたもんです。 よく聴いていたのは、夕方4時から5分のニュースの後「ファンダイヤル」とか言った...